会長声明・意見

「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告審決定に関する会長声明

2023/03/14
1 袴田事件について

 2023年(令和5年)2月27日、大阪高等裁判所は、いわゆる「日野町事件」に関する再審請求事件について、大津地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした(なお、当該決定に対しては、検察官が最高裁判所に対して特別抗告を行ったため、再審開始が再び先延ばしとなっている。)。
 この決定に引き続き、本日、東京高等裁判所第2刑事部は、いわゆる「袴田事件」に関する再審請求事件(有罪の言渡を受けた者:袴田巌氏、請求人:袴田ひで子氏)について、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却した。
 このように再審事件について、近時、再審開始を認める重要な決定が相次いでいる。

 袴田事件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田巌氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)に袴田巌氏に対する死刑判決が確定している。しかし、袴田巌氏は、当初より無実を訴えており、現在、袴田巌氏の姉である袴田ひで子氏が第2次再審請求を行っている。
 第2次再審請求の経過であるが、上記のとおり、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所は再審を開始するとともに、死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田巌氏は釈放された。しかし、検察官は、この決定に対して即時抗告を行い、2018年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。これに対し、請求人が特別抗告を行ったところ、2020年(令和2年)12月22日、最高裁判所は、東京高等裁判所の上記決定を取り消し、本件を東京高等裁判所に差し戻すとの決定を行い、この決定を受けて、東京高等裁判所第2刑事部において差戻し後即時抗告審の審理が行われていた。

 袴田事件の確定判決では、事件発生から1年2か月後にみそタンク内でみそ漬けされた状態で「発見」された、いわゆる「5点の衣類」が犯行着衣とされ、それが袴田巌氏のものであることが袴田巌氏の犯人性を推認させる最も中心的な証拠となっていた。
 しかし、「5点の衣類」に付着した血痕には赤みが残っていたところ、本日の決定は、最高裁判所の差戻し決定を踏まえて実施された事実取調べの結果を踏まえ、「5点の衣類」が1年余りの期間みそに漬け込まれていた場合、ヘモグロビンの酸化やメイラード反応によって血痕に赤みが残るとは考え難く、衣類は事件から相当な期間が経過したあとに捜査機関を含む第三者がタンクに隠した可能性が否定できない旨指摘した。その上で、衣類の他に袴田巌氏を犯人と認定できる証拠はなく、確定判決の認定に合理的な疑いが生じることは明らかと判断し、静岡地方裁判所が行った再審開始決定を是認した。これは、私たちの常識的感覚にも合致したものであり、当然の判断といえる。
 袴田巌氏は、現在87歳と高齢であり、しかも長期間にわたり死刑囚として身体を拘束されたことによる拘禁反応の症状が見られるなど、心身に不調を来している。そのため、第2次再審請求では、袴田巌氏の姉である袴田ひで子氏が再審請求を行っているが、袴田ひで子氏も現在90歳となっている。その救済には、もはや一刻の猶予もなく、これ以上の手続の遅延は許されない。

 よって、当会は、検察官に対し、本日の決定を尊重して特別抗告を断念するとともに、本件を速やかに再審公判に移行させるよう求める。


2 再審法改正について

 袴田事件では、第2次再審請求の請求審において、約600点もの証拠が新たに開示されている。また、先に再審開始が維持された日野町事件やその他無罪判決が確定した多くの再審事件でも再審請求手続における証拠開示が再審開始の判断に強い影響を与えている。しかし、再審請求手続における証拠開示については、現行法上、明文の規定を欠いており、その実現が制度的に担保されていない。例えば、袴田事件で大幅な証拠開示が実現したのは、裁判所の積極的な訴訟指揮によるものであるが、逆にいえば、裁判所の姿勢によっては証拠開示が実現しなかった可能性もあるのであって、時に「再審格差」とも呼ばれるように、裁判所の姿勢いかんによって再審請求手続における証拠開示が左右される実情がある。
 他方、袴田事件では、2014年(平成26年)3月に再審開始決定がなされたにもかかわらず、それから9年近くが経過した今もなお再審公判(やり直しの裁判)が始まっておらず、再審請求手続(裁判をやり直すか否かを決める手続)が続いている。そのため、袴田巌氏は、今も死刑囚の地位に留め置かれたままであり、その救済が著しく遅延している。これは日野町事件でも同様であり、2018年(平成30年)7月11日に大津地方裁判所が再審開始を決定したが、検察官により即時抗告が行われ、さらに今回の大阪高等裁判所の決定に対して検察官により特別抗告が行われたことで、今なお権利救済が実現しない状況が続いている。その原因は、現行法上、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。
 このように、再審開始を認めた日野町事件及び袴田事件は、現行の再審法の不備を浮き彫りにしている。

 よって、当会は、政府及び国会に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために、
1 再審請求手続における証拠開示の法制化
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止
を含む再審法の改正を行うよう求める。


2023年年(令和5年)3月13日
山 口 県 弁 護 士 会
                        会 長 田 中  礼 司