会長声明・意見

宇部拘置支所の収容業務停止に強く反対する会長声明

2023年(令和5年)1月24日

山口県弁護士会    
  会長  田 中 礼 司
第1 声明の趣旨

1 当会は、宇部拘置支所の収容業務を停止するという法務省の決定に対して、強く反対する。

2 宇部拘置支所が老朽化しているのであれば、必要に応じて修繕又は建替えを行い、同支所における収容業務を継続するよう求める。


第2 声明の理由

1 はじめに

 拘置支所は主として、犯罪を犯したという疑いをかけられて起訴された者(以下「被告人」という。)を起訴後に収容するために使用される施設である。
 宇部拘置支所は、主として宇部・山陽小野田地区管内の捜査機関により検挙された被告人(その多くは宇部・山陽小野田市在住の被告人である。)を起訴後に収容するために使用されてきた。
 宇部拘置支所においては、令和3年の1年間で、被告人は延べ2284人、これに被疑者、受刑者、労役場留置者を含めると延べ3624人が収容されており、収容人数は全国的に見ても決して少なくない。
 当会は、令和4年9月12日、法務省広島矯正管区担当者、山口刑務所長等から令和4年11月末日をもって宇部拘置支所の収容業務を停止し、停止後は下関拘置支所に収容業務を集約することが決定した旨の説明を受けた。
 しかし、宇部拘置支所の収容業務が停止され、被告人が下関拘置支所に収容されることは、弁護人の弁護活動、特に弁護人との接見交通権が実質的に侵害されることになる。また、生活圏内から遠隔地に収容される被告人の環境調整や社会復帰にも様々な支障をきたすことになるなど、被告人の人権保障の見地から看過出来ない問題がある。
 当会は、このような重大な問題を孕む宇部拘置支所の収容業務停止について、最も利害関係の強い当会と何ら協議することなく、収容業務停止予定日の直前になって一方的に決定した旨通告する法務省及び山口刑務所に対して、強く抗議するとともに、収容業務の停止に対しては断固として反対し、必要に応じて修繕または建替えを行い、同支所における収容業務を継続するよう求めるものである。


2 収容業務停止に伴って生ずる弊害について

⑴ 弁護人と被疑者・被告人との接見交通権(刑事訴訟法39条1項)は、憲法34条前段及び第37条第3項が保障する弁護人依頼権に由来する重要な権利であり、これを実質的に保障するためには、弁護人による接見交通権の行使が容易でなければならない。
 しかし、宇部拘置支所の収容業務が停止され、被告人が下関拘置支所に収容されるようになると、被疑者段階で選任されていた宇部・山陽小野田地区管内の弁護人は、被告人との接見のため下関拘置支所まで赴かなくてはいけなくなる。そして、宇部・山陽小野田地区管内から下関拘置支所までは、自動車で片道約1時間以上かかるので、弁護人による接見が著しく困難になることは明らかである。
 特に、山口県では国選弁護人の登録者数は減少しており、上記宇部・山陽小野田地区管内では、僅か十数名の登録弁護士で、年間100件程の国選事件を担っている。したがって、上記移動の負担は極めて深刻なものであって、国選弁護人の登録者の減少に更なる拍車をかけるおそれすらある。
 以上のように、宇部拘置支所の収容業務停止は、接見交通権の重要性に対する認識と配慮を欠いた決定と言わざるを得ず、僅かな人数で国選弁護制度を支える宇部・山陽小野田地区管内の国選弁護人に過重な負担を強いる点でも到底容認できない。

⑵ また、被告人の社会復帰に向けた支援体制を構築するためには、弁護人以外に、被告人の親族や福祉関係者等(以下「社会資源」という。)と面会することが必要になる場面も多い。特に、障がいが疑われる被告人や高齢で身寄りのない被告人の場合には、社会資源に結びつける環境調整、いわゆる入口支援は再犯防止の観点からも近年重要性を増しつつある。
 しかし、宇部拘置支所の収容業務が停止され、下関拘置支所に被告人が収容されることになれば、社会資源となるべき親族や福祉関係者等も宇部から下関拘置支所まで遠距離の面会を余儀なくされる。そうすると、時間・費用等の面で支援体制の整備や構築に支障を来すことは確実である。
 以上のように、宇部拘置支所の収容業務停止は、弁護活動に重大な支障を生じさせるだけではなく、被告人と社会資源との分断を生じさせ、被告人に対する環境調整等の入口支援、早期の社会復帰を阻害する結果となる。

⑶ さらに、宇部拘置支所から下関拘置支所に収容される被告人の公判は、従前どおり、山口地方裁判所宇部支部で開かれることになるが、被告人は公判期日の度に、往復約2時間もの間、狭い押送車の中で身体拘束を受け続けることになる。
 自己の行為に対する判決が確定するまでは、無罪推定が働く被告人に対して、罪証隠滅・逃亡阻止の目的を超えて、その身体に対する過度な負担を与え自由を拘束することは、被告人の人権に対する重大な侵害に他ならない。

⑷ 以上のとおり、当会としては、宇部拘置支所の収容業務停止によって弁護活動や被告人の社会復帰活動等に重大な弊害が生じ、本来、宇部拘置支所に収容される被告人の権利が侵害される結果となることから、この度の決定には強く反対する。


3 収容停止の理由・決定に至るまでの手続き等について

⑴ 宇部拘置支所の収容業務停止の理由として、①宇部拘置支所の老朽化、②建て替えた上で収容を継続することのコスト面の問題を挙げるが、いずれも収容業務停止の理由として十分な合理性はない。
 まず、①②を根拠とするのであれば、修繕や建替えを行った場合と収容業務を下関拘置支所に移した場合でどの程度コストに差が生じるか算定するのが通常であるが、そのようなコストの比較がされた形跡はない。
 次に、法務省及び山口刑務所の説明によれば、宇部拘置支所の収容定員は1日平均約7名で、職員は11名とのことであるが、収容定員に対して職員が多いことがコスト面で問題になっているとすれば、一部の職員を山口刑務所管内に振り分けるなど、収容業務を停止する以外にコストを削減するための方策が検討されてしかるべきであるが、そのような形跡もない(なお、宇部拘置支所の収容業務停止後は、同所の職員11名は下関拘置支所又は山口刑務所管内に振り分けられるとのことであるから、上記の方策に何ら支障はないと思われる。)。
 そして、宇部拘置支所は、山口地方検察庁宇部支部と同じ建物内に存在するところ、山口地方検察庁によれば今後も同宇部支部は存続し、建物を利用し続ける予定であり、老朽化による支障もないとのことであった。そうだとすれば、そもそも老朽化は収容業務停止の正当な理由とはなり得ない。
 以上のように、収容業務停止の理由に合理性はなく、建て替えについて十分な検討がされないまま収容業務停止が決定されたと考えざるを得ない。

⑵ また、収容業務停止を決定するまでの手続きにも重大な問題がある。
 すなわち、当会が、今回の決定について法務省や山口刑務所から説明を受けたのは、令和4年9月12日であり、収容業務停止が予定されていた同年11月末の僅か1か月半前であった。さらに、同日の説明によれば、決定にあたり当会を含め関係機関に対する意見照会やヒアリング等は一切行われておらず、令和3年12月末頃から令和4年3月末頃までの僅か3か月程度の検討期間で収容業務停止の決定に至っている。その後、収容業務停止時期が延期されたものの、収容業務停止以外の方法が検討されたことは窺われず、当会を含め関係機関に対して十分な説明が尽くされたとはいえない。
 前述のように、宇部拘置支所の収容業務停止によって弁護活動や被告人の人権に重大な弊害が生じることを踏まえれば、以上の法務省や山口刑務所の対応は、そのような弊害について何ら配慮せず、検討もされていなかったと考えざるを得ず、この度の決定には看過できない手続上の問題がある。


4 結論

 以上のとおり、宇部拘置支所の収容業務を停止するという法務省の決定には、弁護活動や被告人の人権保障の観点から重大な問題があり、またその理由や決定に至るまでの手続上の観点からも極めて問題であり、到底容認することはできない。
 当会としては、このような決定に対して強く反対するとともに、宇部拘置支所については必要に応じて修繕または建替えを行い、同支所における収容業務を継続するよう求める。
以 上