会長声明・意見

特定秘密保護法案に反対する会長声明

平成25年11月25日
山口県弁護士会 会長 大田明登
政府は、平成25年10月25日、特定秘密保護法案(以下「法案」という。)を閣議決定し、これを開会中の臨時国会に提出した。
 当会は、平成24年10月18日「秘密保全法のための法制の在り方に関する有識者会議」が「秘密保全のための在り方について(報告書)」(以下「報告書」という。)に示した秘密保全法案の内容について、日本国憲法の主要原理である国民主権、民主主義、基本的人権尊重、平和主義などと衝突することを指摘し、政府が保有する情報の漏えい防止は、情報保全・管理の適正な体制の構築により行われるべきものであって、国民の権利・利益を制限する方法によってなされるべきではないことを指摘した。
 しかし、法案は、報告書の秘密保全法案の考えを基本としており、依然として重大な問題を抱えたものである。したがって、当会は法案の成立に強く反対する。


1 法案は、行政機関の長が、防衛に関する事項・外交に関する事項・特定有害活動の防止に関する事項・テロリズムの防止に関する事項に関する情報であって、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」として指定したものを「特定秘密」として、これを保護の対象としている。  
 国民主権のもとにおいて、政府が何をし、あるいは何をしようとしているのかを知る権利は、憲法が国民に保障した重要な権利であり、政府が保有する情報は、国民の共有の知的資源(公文書管理法第1条)であって、 国民に公開されることが原則であり、その例外は極めて限定される必要がある。
 しかし、例外であるべき「特定秘密」の範囲は、法案においてその別表に列挙された項目をみても広範かつ不明確と言わざるを得ない。そして「特定秘密」の指定は、「特定秘密」を作成・取得する行政機関自身が行うこととされており、中立的な第三者機関による監視体制も存在しない制度のもとにおいては、行政機関の長の恣意的な判断で、「特定秘密」の指定がなされるおそれがある。  
 しかも、法案では、指定の有効期限を5年以内としているが、行政機関の長は、延長が可能である上、内閣の承認があれば、その秘密を30年(修正合意によって60年とされることも検討されている。)を超えて延長することも可能とされている。  
 その結果、本来であれば公開されるべき重要な情報が、行政機関にとって好ましくないというだけで、国民に対し秘匿され、かつ、必要以上の長期間秘密が解除されないおそれがある。  
 これに対して、法案は、特定秘密の指定及びその解除に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるものとし、この基準の策定・変更につき、「優れた識見を有する者の意見を聴かなければならない。」としている。  
 しかし、この意見はあくまで抽象的な「統一基準」についてのものであり、個々の秘密の内容についてチェックする機能はなく、恣意や濫用の防止に資するものとは到底言えない。  
 以上により、法案は憲法が保障する国民の知る権利を侵害するものであると言わざるを得ない。

2 法案は、「特定秘密」を取り扱う業務に従事する者の漏えい行為を、最長10年の懲役に処することとしている。そして、この漏えい行為については過失行為も処罰する他、未遂や,更には共謀、教唆、煽動をも処罰するとしている。さらに、特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得する行為についても、最長10年の懲役に処することとし、この未遂や、更には共謀、教唆、煽動をも処罰するとしている。
 しかし、法案が保護の対象とする「特定秘密」自体が、広範囲で不明確であるばかりでなく、処罰の対象となる行為類型も多岐にわたり、それらに対し重罰化をもって臨むことは、犯罪と刑罰があらかじめ具体的かつ明確に定められることを要請する憲法31条の罪刑法定主義に反する疑いが強いものと言わざるを得ない。  
 また、法案は、憲法第21条によって保障される表現の自由や、国民の知る権利に奉仕するものとして保障されている報道・取材の自由を侵害する危険性が大きい。これについて法案は、知る権利等に関して「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。」とし、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。」としている。  
 しかし、これらの配慮規定も、きわめて抽象的な訓示規定に過ぎず、これにより、報道又は取材の自由が担保される保障は何もなく、犯罪行為が具体的かつ明確に定められていない処罰規定によって報道機関等に重大な萎縮効果が生じることは明らかである。  
 しかも、上記の配慮規定は「出版又は報道の業務に従事」しない者である一般の市民や市民運動家、市民ジャーナリスト等には適用されず、不合理な差別となっている。  
 そして、捜査機関がこれらの共謀や教唆、煽動という段階での処罰規定に該当する「嫌疑」があると判断すれば、捜査することができることになるから、本来自由であるべき一般の市民の個人的な会話にまで捜査が及ぶ危険性がある。

3 法案は、「特定秘密」と刑事裁判については何ら規定をおいていない。刑事裁判手続きにおいて、「特定秘密」の具体的内容が明らかにされることはないと考えられるが、そうであるとすれば被告人及びその弁護人は公判廷において起訴事実がそもそも「特定秘密」に該当するのか否かを実質的に争うことができず、弁護人が弁護活動の一環として行おうとする「特定秘密」に関する証拠収集活動も処罰の対象となる可能性もある。その結果、被告人は公平な裁判を受ける権利を奪われる危険性がある。

4 法案は、行政機関の長の適性評価を受けた者に「特定秘密」の取り扱いをさせることにしているが、この適性評価の調査対象は、精神疾患や、飲酒についての節度及び信用状態その他の経済的な状況に関する事項という極めて私的な領域にまで及ぶことになっている。また、その調査方法は評価対象者本人のみならず、その知人等に対してまで調査をしうることになっている。こうした調査対象・方法は、調査対象となった者のプライバシーを侵害に繋がる不当なものであることは明らかである。


上記のように法案には多数の重大な問題が含まれており、平成25年11月21日、国際連合人権理事会の特別報告者(表現の自由担当)からも法案に対する強い懸念が述べられたと報道されている。そこで、政府は法案を廃案にし、公文書管理法の整備による情報保全・管理体制の構築など国民の権利・利益を制限しない方法による秘密保全体制の構築を検討すべきである。

以上