会長声明・意見

法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の提案にかかる「申述に基づく法定審理期間訴訟手続(仮称)」制度の新設案に反対する会長声明

2022/01/19

 民事訴訟手続のIT化を検討している法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会は,2021年(令和3年)2月に法改正にかかる中間試案を発表し,そこで「新たな訴訟手続」を(甲・乙・丙案の3つ選択肢を内容として)提案した。
 さらに上記部会は,同年10月に(上記甲・乙・丙案とも相違する)「新たな訴訟手続」を提案し,さらに同年12月に示された法改正の要綱案では,名称を「申述に基づく法定審理期間訴訟手続(仮称)」(以下「期間訴訟手続」という。)と変更して提案し,これを内容として2022年度(令和4年度)中の民事訴訟手続の改正を進めようとしているようである。
 そこでは,①消費者契約に関する訴えと個別労働事件を対象外としつつ,②当事者双方が申述又は同意して裁判所が決定したときに,③2週間以内に最初の期日を指定し,④その期日から5ヶ月以内に攻撃防御方法(主張や書証)の提出,6ヶ月以内に審理を終結し(裁判所がさらに短い期間を決めることも可能とされている。),⑤判決理由は裁判所と当事者双方で確認した事項に係る判断内容に限定するなど,判決は簡素なものとする,との従前にはない訴訟手続が内容とされている。


 しかしながら,上記「期間訴訟手続」について,以下のような問題・疑念がある。具体的には,
(1)この制度自体は民事訴訟のIT化とは無関係な内容であって,そもそもこのような手続を必要もしくは許容する立法事実が十分に積み上げられておらず,諸外国にもない制度設計であること,
(2)弁護士などの関与しない本人訴訟においてもこの手続の利用される可能性が認められており,訴訟制度における知見に乏しい本人において,6ヶ月以内という期間の制限と事実上の立証の場面の制限を受けることになってその不利益は著しく,簡素な判決が許容されることと併せ見れば,民事裁判手続に対する信頼や公平性を揺るがせかねないものであること,
(3)通常訴訟への移行申立や判決に対する異議申立を認めるので必ずしも期間の予測可能性が高まるとは言えず,かえって手続きを複雑化してしまうこと,
(4)(消費者契約に関する訴えと個別労働事件を対象外とすると議論されているが,これら例外には含まれない)法的知見に乏しく疎い地方の中小企業(事業者)が一方当事者となる各種の契約において,「書面による合意」の形態をとり合意管轄条項とともにこの「期間訴訟手続」が契約内容として紛争解決手段の合意条項に組み入れられることで,訴訟を受ける権利の実現に大きな偏りが生じること,
(5)(4)のような契約条項が一般化されることで,短期間の負荷のかかる手続に関与し受任する弁護士が事実上制限されて,東京一極集中ともいわれる民事司法手続が集中する状況をより一層進めてしまうこと,
 などの問題点が指摘できるところである。


 裁判の迅速化は司法における重要な課題ではあるが,そもそも上記(2)の疑念や問題点を取り除ける類型(=双方に弁護士等の訴訟代理人が就き,申立段階で事前交渉がされていて,立証予定等も含めて事案全体を俯瞰した手続の迅速化に原被告双方が協力できる環境が整っているとき)には,従前の民事訴訟手続を念頭に置いても,早期に終結することが可能である。
 (1)(3)のとおり民事訴訟手続のIT化とも無関係で,十分な立法事実の積み上げや検証もなく複雑化して,(4)のとおり紛争解決手段の合意条項で用いられることで重大な不利益を,「訴訟弱者」に押し付けかねないこの度「期間訴訟手続」を,拙速に立法するべきではない。


 以上の観点から,当会は「期間訴訟手続」の新設について反対する意見を表明するものである。


 2022年(令和4年)1月18日
山 口 県 弁 護 士 会
                       会長 末 永 久 大