会長声明・意見

憲法9条の2を創設し自衛隊を明記する自由民主党による憲法改正案に反対する会長声明

2020(令和2年)年1月21日
山口県弁護士会 会長 野村雅之
1 憲法改正案の内容
  平成30年3月26日、自由民主党憲法改正推進本部によって示された憲法9条に関する憲法改正案の骨子は、憲法9条2項をそのまま維持し、以下の内容の「9条の2」を創設して憲法上自衛隊を明記する(以下「自衛隊明記案」という)といったものである。
  「第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な
             自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところ
             により内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
          2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」
  しかし、この自衛隊明記案は重大な問題を含んでいる。


2 日本国憲法と自衛隊の関係
  憲法9条は、1項で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と定め、2項で「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と定めている。
  他方、1954年に創設された自衛隊が一定の実力を有する組織であることは明らかであったことから、自衛隊が憲法9条2項で保持しないと定められた「戦力」に該当するか否かといった形で、自衛隊の存在と憲法の規定との整合性が常に問題とされてきた。
  そして、この自衛隊明記案は、憲法9条1項・2項を維持しつつ「9条の2」を創設するものであるから、「9条の2」の文言やその解釈内容によっては、これまでの憲法の運用とは異なった結果をもたらす可能性がある。


3 自衛隊明記案の問題点
(1)「9条の2」にいう「自衛隊」及び「自衛の措置」が憲法9条2項の制約に服するかどうかが、条文上、明らかでなく、「自衛隊」の「自衛の措置」が際限なく拡大してしまうおそれがあること。
  現在の憲法9条のもとでも自衛隊は存在しているのであって、仮に「9条の2」が創設されても自衛隊に対する憲法上の制約という点では何も変わらないと考える余地もある。
  即ち、自衛隊の意義についての政府解釈は「自衛のための任務を有し、かつその目的のため必要相当な範囲の実力部隊」であり、憲法9条2項の「戦力」ではないと説明されてきた。
  また、自衛のための措置についても、「外国の武力攻撃によって、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の侵害に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は右の事態を排除するためにとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」と解釈してきた(昭和47年10月14日参議院決算委員会の政府提出資料)。
  そして、「9条の2」の「自衛隊」が上述した「必要相当な範囲の実力部隊」であり、「自衛の措置」も「必要最小限度の範囲にとどまる」と解釈できる余地がある限り、「9条の2」の創設は現状の自衛隊の存在や役割を追認することを目的としたものとの解釈も可能である。
  しかし、「9条の2」がそのような解釈も可能であることを文言として明らかにしていないことは重大な問題である。なぜなら、「9条の2」は、文言上、9条の戦争放棄及び戦力不保持・交戦権否認を受けて、「前条の規定は(中略)自衛の措置をとることを妨げず、(中略)自衛隊を保持する。」と規定しているのであるから、9条2項の制約が「9条の2」の「自衛隊」と「自衛の措置」には適用されないとの解釈も十分に可能だからである。
  少なくとも、「9条の2」の内容では「自衛隊」と「自衛の措置」が9条2項の制約に服するのか、それとも制約に服さず際限なく拡大できるのかが明らかではないため、法解釈の混乱を招くことになる。これでは欠陥のある条項だと言わざるを得ない。

(2)武力を有する組織である「自衛隊」の組織や行動が憲法で明らかにされておらず、法秩序維持の点からも問題があること。
  「9条の2」は、自衛隊の組織についても、行動についても、「法律の定めるところにより」規制を及ぼす旨を定めている。そうすると、法律を定めるのは国会であるから、自衛隊の組織と行動は国会に包括的に委任されているということになる。更には、自衛隊の行動に対する統制としては、「国会の承認」の他に「その他の統制」も定められているから、国会の承認すら不要とする可能性すらある。
  しかし、実力組織である自衛隊を憲法に明記するのであれば、自衛隊の組織も行動も憲法の条文によって具体的に限定すべきである。なぜなら、我が国の主権者は国民であって、国民主権のもとでは国家の統治制度は国民の意思を生かすように組織されなければならず、特に、実力組織である自衛隊の組織と行動は、立憲主義の見地から、憲法によってある程度具体的に統制されなければならないからである。
  実際上も、政府が自衛権行使を決断する際に憲法上の制約が存在しないというのでは、政府の判断の誤りで戦争に至る危険性が飛躍的に増大し、立憲主義の趣旨が没却されてしまう。明治憲法下において、議会や政府が軍部の暴走を止めえなかったことを想起しても、憲法による具体的な統制が必要だというべきである。
  また、上述したように、「9条の2」の「自衛隊」は9条2項の制約に服しないと解釈される可能性がある状況で、「自衛隊」と「自衛の措置」を「法律の定めるところにより」決定できるということは、9条2項の例外を法律で定めることができることになってしまう。本来、9条2項を改正するためには国会の各議院の総議員の3分の2以上の賛成で発議され、国民投票において過半数の賛成を要するという厳格な改正手続が必要であるのに、その例外となりうる「自衛隊」及び「自衛の措置」の内容が国会における単独過半数で議決されるということになってしまい、この点でも憲法秩序を害することになる。


4 結語   以上のとおり、自衛隊明記案は、「9条の2」の「自衛隊」及び「自衛の措置」に9条2項の制約が及ばないとの解釈が文言上可能であり、しかもその組織と行動に対する具体的な規定を欠くため、際限のない拡大解釈を許してしまうおそれがあり、また、憲法秩序を害する危険性も認められる。
よって、当会は、このような自衛隊明記案に反対する。
以上